カルトへの入信と親の考えるべきこと
静岡県富士市 常泉寺住職 貫名英舜上人
昭和28年静岡県生。早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒業。立正大学大学院文学研究科修士課程終了。日蓮宗現代宗教研究所研究員。日本脱カルト研究会常任理事。ポストカルトシンドロームに対する仏教者としてのナラティブ・セラピーについて研究中
1.「カルト」とは何か
あの陰惨極まりないオウム真理教事件以後に「カルト宗教」、あるいは、「破壊的カルト」という言葉が広く人々に知られるようになりました。この言葉は、個人の人格を破壊し、その家族を苦しめ、そして、ついには市民社会を脅かす存在というイメージが伴っています。しかし、「カルト」という言葉には法律的な定義があるのではないのです。また、私たちの社会には数え切れない程の宗教教団や組織がありますが、「カルト」を自称している教団は一つもありません。つまり、「カルト」は事物としはこの世に存在しているわけではないのです。
しかし、「カルト」によって甚大な被害を受けた、そして、現在受けていると訴える人々の声は非常にたくさんあります。教団の意図的なマインドコントロールによって、多額の現金を寄付させられたり、新しい教団メンバーを勧誘するための「折伏」活動に熱心なあまり、大学生や高校生が学校を退学したり職場を首になったりすることは、皆さんの想像以上の数に上ります。
そして、これらのために家庭が崩壊してしまうというケースが無数にあるのです。家族(特に若い世代の人々)の「入信」ということによって、家庭は経済的にも精神的にも大変な苦しみを背負い込むことになります。本来、安らぐためにある家庭が、宗教をめぐる激しい言い争いの修羅の場に変わってしまいます。そして、この苦しみから第三者に助けを求めても、この問題が「信教の自由」という日本国憲法の基本原則の根幹に関わることであるだけに簡単ではありません。そして、手を拱いている内に、事態は益々深刻なものになって行きます。
ところで、「カルト」的宗教教団への入信には、必ず終わりの日が来ます。「カルト」的宗教は、若い人々を教団の組織の発展と維持のために使役することを目的としている存在です。全ての個人財産を奪い取って、もうこれ以上絞り取ることができないという段階に至れば、教団の方がその理由価値のなくなった信者を外へ放遂するからです。教団からほうり出されて初めて自分の間違いに気付くことになりますが、長い間の入信で普通の社会生活をするための技術や知識もない状態ですから、なかなか立ち直ることができません。また、「カルト」的宗教には経済的な利益の追求ばかりでなく、教祖や幹部の政治的な野望を満足させることを目的にしているものもあります。つまり、たくさんの人間を支配下に置きたいという欲望です。この傾向が強い「カルト」的宗教では、教団のメンバーを勧誘活動に徹底的に駆り立てます。具体的なノルマや達成目標を立てて、信者の生活時間の全部をこの活動に捧げさせることを強要します。
普通、信者となった人は、自分の身の回りの人々を対象に執拗な入信説得をします。友人や学校の後輩などです。そして、ほとんどのケースで相手から嫌がられ、だんだん、友人たちから疎まれて行きます。そして、次第に勧誘する対象そのものがなくなってしまった時に、教団は、このメンバーを教団にとって不必要な者として、教団の隅に追いやることになります。この時になって、本人は人生にとって真に大切なもの、すなわち、本当の友人やかけがえのない家族を失ったことに気付くのですが、もはや、手遅れなのです。
このように、「カルト」に関わってしまった人たちの末路は悲惨です。人生の貴重な時間を奪われ、大切な人間関係をなくしてしまいます。そして、本人の問題とは別に家族はものすごく長い時間、塗炭の苦しみを味わうことになります。「カルト」は、それに関係した人々に何の利益ももたらすことなく、全てを不幸にする存在なのです。
もちろん、全ての宗教が「カルト」的であると言っているのではありません。しかし、現存する宗教教団のいくつがが、非常に問題のある行動をしていることは事実です。私たちは、これらの問題のある組織から、家族を、とりわけ、「カルト」がターゲットにしている若い世代の人々を守らなければなりません。そのためには、一にも二にも「予防」ということが大切です。この「予防」とは、どの宗教組織が「カルト」的に行為を行っているかを知っておくことです。また、その手法、例えば、マインドコントロールという巧妙な心理支配の方法についても理解をしておく必要があるのです。
2.「カルト」の特徴
「カルト」的宗教の特徴を箇条列記すれば、次のようになります。
【教義】
・終末論的救済主義
・排他的独善主義
・善悪二元論
【組織】
・教祖のカリスマ支配
・縦割りのトップダウン組織
・信者の相互監視システム
【教育】
・自由な思考の停止
・教団への批判の禁止
・堕獄の恐怖
・選民思想
【生活】
・家族、学校、地域社会からの隔離(分離)
・情報の遮断
ある政治的な傾向が強い法華系新宗教教団の場合は、「××年までに一千万人の新しい信者を勧誘しなければ、近隣のアジアの国から軍事的侵略を受けるなどして、日本は滅びる」ということを繰り返し強調します。また、自分たちだけが唯一絶対の「正統」な血筋を引く存在であり、その統率者である「会長」こそが全知全能の存在であると主張します。さらに、自分たちが信じたもの以外のものを信じると地獄に墜ちるなどという妄想を徹底して植え付けます。
「カルト」的宗教は、詳細における表現の違いこそありますが、宗教としての構造は共通しています。「終末論(忘国論)」と「個人崇拝」と「善悪二元論(排他独善主義)」の三つの要素の組み合わせによって成り立っているのです。 これらは、実は、釈迦牟尼仏が人間の思想の間違いとして否定されたことであり、宗祖日蓮大聖人が、邪教に対する批判、すなわち、「四箇格言」という形で明確に批判の対象になされたものなのです。末法とは、世の終わりを示す「終末」ではありません。人間が、この時のために私たちに『妙法蓮華経』という形で残して下された仏の真の教えを受けて、主体的に実践すべき時なのです。また、私たち人間の唯一のご本仏であられる釈尊は、「法に依って人に依らざれ(真実の教えに従って、決して、その時代の人の教えに従ってはならない)」とお示しになられました。すなわち、個人崇拝ということ、換言すれば、他者への安易な依存心というものを厳しく制戒なされています。そして、何よりも、仏教は人間の浅薄な知恵によって善悪の判断にこだわることを「無明」として斥けられておられるのです。善悪を超えたところ、即ち彼岸(「妙」の世界)にこそ仏の「悟り」というものがあることを示されたのが釈尊であり、その教えを「南無妙法蓮華経」の唱題の実践行として受け止められた方が宗祖日蓮大聖人であったのです。
つまり、「カルト」的なるものは、釈尊、そして、日蓮大聖人によって最も戒めの対象として置かれたものであることになります。
3.「カルト」を生み出しているものは何か
ところで、なぜ、人は、特に若い世代は「カルト」的なるものに魅せられるのでしょうか。この原因というものを他人事にせず、私たち自身の問題として捉え直すとこが必要なのだと考えます。
一言で言えば、現代の若者は、「居場所」を見つけられずに彷徨っています。学校にも、そして、何と自分が育った家庭の中にも自らの「居場所」がないという不安な思いを抱えて「ます。偏差値教育は、人間らしさを奪い取ってしまいます。人間は、ありのままの自分を「人として承認」されることで、自分がこの世に生きていることの意味を実感します。別の言い方をすれば、「かけがえのないあなた」と相手に言ってもらえることで、つまり、相手から必要とされることで、自分の「居場所」を発見するものです。
私たちは、経済的効率ばかりを追求める風潮の中で、このようなことをすっかり忘れ果てていたのではないでしょうか。つまり、私たちは、無意識の内に、私たちの大切な家族を「カルト」に追いやっていたということなのです。もし、彼らを家庭に取り返したいと思うならば、先ず最初に「親たち」がこのことをしっかりと認識しなければならないと考えます。
「カルト」は、入信者本人にとって、失われたと感じている「居場所」を提供します。もちろん、この「居場所」は、「カルト」によって計算された欺瞞的な虚構に過ぎません。しかし、他では受け入れてくれない自分を唯一受け入れてくれているという思いによって、本人はそこから離れられなくなっているのです。教祖というものは、そのシンボルです。だから、この人に命じられたことは全て実行しなければならないと考えています。もし、そうでなければ、自分はこの「居場所」を失ってしまう・・・ここが、起点となって教団の命じるものをガムシャラに行わなければならないという気持ちになっているのです。
結論を言えば、子供に対して、家庭の中にきちんとした「居場所」を与えることができる真の知恵こそが、親に求められているということです。これが、「カルト」入信による被害を「予防」することの全てなのです。そして、学校の成績などというつまらない世間的評価による「承認」ではなく、ありのままの「人として承認」ということを親が進んで行こうということへ進まなければなりません。
重ねて言えば、「南無妙法蓮華経」という言葉には、「私は本仏釈尊の弟子として生きて行きます」という深い意味が含意されています。親自らが、仏によって必要とされるところの「仏の弟子」、あるいは、「仏の使い」という意味での「人間」という自覚に達した時に、自分の子供も「仏の子」としての存在として、「承認」することができるのです。 実は、「カルト」は、私たちが作り出したものです。このことに対する自覚と反省無くして、この問題の解決は絶対にないのだということを最後に申し上げます。
今般、当講演者 貫名英舜上人の共著「カルトから家族を守る」が毎日新聞社から出版されました。ぜひ一読願います。

