平成17(2005)年5月1日


阿仁町 法華寺
萱草(かやくさ)七面山「山開き・春祭」


5月1日、毎年恒例の萱草七面山「山開き・春祭」が開催されました。

この七面堂は雪のため、11月5日に行われる「山閉い・秋祭」の祭典後から
本日行われた「山開き・春祭り」まで(11月6日〜翌年4月30日)の冬季間は閉山となっています。

その名の通り、本日の「山開き・春祭」から七面堂が開堂され、閉山の11月までの間には多くの檀信徒が参拝に訪れるだけでなく、法華経の霊場として観光客も足を運びます。


    奥の院へと続く道。

祭典では能代市覚応院副住職の清野寛実上人が「信心の大切さ」についての法話が行われた後、1時間30分におよぶ法要が厳修されました

昨年11月以来の祭典とあって、この日を楽しみにしていた方も多く
訪れた檀信徒約370名、皆が熱心に手を合わせていました。

参道や本堂脇にいまだ見える残雪には参拝者の誰もが驚き、
数十年欠かさず参拝している方も
「長い間、参拝しているがこんなに雪が多いのは初めて」と
今冬の大雪のすごさを改めて感じていました。

厳しい冬を乗り越え、春が訪れます。
四季はめぐり例年にないこの大雪も、暖かな春の日差しに雪解けを迎えます。


日蓮聖人は「冬は必ず春となる」とおっしゃられました。


苦難や悲しみの中でも、たゆまぬ信仰が必ず幸せの春を運んでくれることでしょう。



萱草七面山≪縁起≫

寛文年間に大阪の豪商、鴻池善右ェ門によって開かれたといわれ、身延山の七面大明神を信仰した熱心な信者であった。

その鴻池善右ェ門が、萱草七面山の地を訪れた、現在の本堂の場所に於いて、ウトウトと居眠りをしていると、夢の中で七面大明神が現れ鉱山が授かるとのお告げを聞き、以来、この地は佐山鉱山として有名な銅の生産地となり現在の阿仁の街の発展の基盤となった。

この七面大明神のお告げに感謝、報恩の意を込めて、鴻池善右ェ門はこの地に七面大明神を祭祀、身延山七面山の分身として多くの信仰が寄せられるようになり現在に至る。

当時は、本堂周辺にも小さな集落があったらしく、お祭りになると獅子踊り、太鼓の音に七面大明神も七つの頭(かしら)を出して姿を現したと言われる。

また、当時は本院や参道途中にある各御堂もなく、現在の「奥の院」に七面大明神を祭祀したのが始まりであり、以来、多くの信者によって各御堂が建立された。

七面山で行われる祭典は5月1日の「山開き・春祭」、8月19日の「例大祭・夏祭」
11月5日の「山閉い・秋祭」の年3回がある。