参考資料



「み仏の子を育てるために」関連「法華経」「ご遺文」


 序品第一 声聞を求る者の為には應ぜる四諦の法を説いて生老病死を度し涅槃を究竟せしめ、辟支佛を求むる者の為には應ぜる十二因縁の法を説き、諸の菩薩の為には應ぜる六波羅蜜を説いて阿耨多羅三藐三菩提を得、一切種智を成ぜしめたもう。
 方便品第二 我れ佛眼を以って観じて六道の衆生を見るに〜深く諸の邪見に入って 苦を以って苦を捨てんと欲す
 方便品第二 舎利弗、諸佛は五濁の悪世に出でたもう。所謂、劫濁、煩悩濁、衆生濁、見濁、命濁なり。是の如し、舎利弗、劫の濁乱の時は、衆生垢重く慳貧嫉妬にして、諸の不善根を成就するが故に、諸佛、方便力を以って、一佛乗に於いて分別して三と説きたもう。
 譬諭品第三 諸の衆生を見るに生、老、病、死、憂悲、苦悩に焼煮せられ、亦五欲財利を以ての故に、種々の苦を受く。又貧著し追求するを以ての故に、現には衆苦を受け、後には地獄、畜生、餓鬼の苦を受く。若し天上に生れ及び人間に在っては貧窮困苦、愛別離苦、怨憎会苦、是の如き等の種々の諸苦あり。
 譬諭品第三 三界は安きことなし猶お火宅の如し 衆苦充満して甚だ怖畏すべし、常に生、老、病、死の憂患あり 是の如き等の火熾然として息まず 如来はすでに三界の火宅を離れて寂然として閑居し林野に安処せり 今この三界は皆これわが有なり その中の衆生は悉くこれ吾が子なり 而も今此の処は諸の患難多し 唯我一人のみ 能く救護を為す
 信解品第四 冷水を以て面に灑いで醒悟することを得せしめよ。
 薬草諭品第五 現世安穏にして後に善処に生じ、道を以て楽を受け、亦法を聞くことを得。
 授記品第六 魔事あることなけん。魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護らん。
 法師品第十 若し能く後の世に於いて是の経を受持せん者は 我遺わして人中にあらしめて 如来の事を行ぜしむるなり。若し人是の経を説かば 如来の室に入り 如来の衣を著 如来の座に坐して 衆に処して畏るる所なく 広く分別し説くべし 大慈悲心を室とし 柔和忍辱を衣とし 諸法の空を座とす
 見寶塔品第十一 少病少悩、気力安楽にましますや。
 提婆達多品第十二 三千大千世界を観るに、乃至芥子の如き許りも、是れ菩薩にして身命を捨てたもう処に非ざることなし。
 勧持品第十三 唯願わくは世尊、他方に在すとも遥かに守護せられよ。
 安楽行品第十四 塵穢を澡浴し新浄の衣を著 内外倶に浄くして法座に安処して 問いに随って為に説け 衣服、臥具、飲食、医薬 而もその中に於いて 希望する所なかれ 常に柔和にして能く忍び、一切を慈悲として懈怠の心を生ぜざれ
 如来寿量品第十六 諸の子後に他の毒薬を飲む。薬発し悶乱して地に宛転す。我等愚痴にして誤って毒薬を服せり。願わくは救療せられて更に寿命を賜えと。毒気深く入って本心を失えるが故に、此の好き色、香ある薬に於いて美からずと謂えり。我今當に方便を設けて此の薬を服せしむべし。常に悲観を懐いて心遂に醒悟し、及ち此の薬の色、香、味美きを知って、即ち取って之れを服するに毒の病皆愈ゆ。
 法師功徳品第十九 三千世界の中の 一切の諸の郡萌 天、人、阿修羅 地獄、鬼、畜生、是の如き諸の色像 皆身中に於いて現ぜん 諸の所説の法、其の義趣に随って、皆実相と相違背せじ。若し俗間の経書、治世の語言、資生の業等を説かんも、皆正法に順ぜん。法華を持つを以ての故に 悉く諸法の相を知り 義に随って次第を知り 名字語言を達して 知れる所の如く演説せん
 常不軽菩薩品第二十 声聞を求むる者の為には應ぜる四諦の法を説いて、生、老、病、死を度し涅槃を究竟せしめ、辟支佛を求むる者の為には應ぜる十二因縁の法を説き、諸の菩薩の為には、阿耨多羅三藐三菩提に因せて、應ぜる六波羅蜜の法を説いて佛慧を究竟せしむ。我深く汝等を敬う、敢えて軽慢せず。所以は何ん、汝等皆菩薩の道を行じて、當に作佛することを得べしと。此の経を聞くことを得て 六根清浄なり 神通力の故に 寿命を増益して 復諸人の為に 広く此の経を説く
 薬王菩薩本事品第二十三 清涼の池の能く一切の諸の渇乏の者に満つるが如く、寒き者の火を得たるが如く、裸なる者の衣を得たるが如く、商人の主を得たるが如く、子の母を得たるが如く、渡に船を得たるが如く、病に醫を得たるが如く、暗に燈を得たるが如く、貧しきに宝を得たるが如く、民の王を得たるが如く、賈客の海を得たるが如く、炬の暗を除くが如く、此の法華経も亦復是のの如し。能く衆生をして一切の苦、一切の病痛を離れ、能く一切の生死の縛を解かしめたもう。諸余の怨敵皆悉く摧滅せり。善男子、百千の諸佛、神通力を以て共に汝を守護したもう。宿王華、汝當に神通の力を以て是の経を守護すべし。所以は何ん、此の経は即ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり。若し人病あらんに是の経を聞くことを得ば、病即ち消滅して不老不死ならん。
 妙音菩薩品第二十四 少病少悩起居軽利にして安楽に行じたもうや不や。四大調和なりや不や。−−−衆生は能く諸の魔怨を降伏するや不や。若し声聞の形を以て得度すべき者には、声聞の形を現じて為に法を説き、辟支佛の形を以て得度すべき者には辟支佛の形を現じて為に法を説き、菩薩の形を以て得度すべき者には、即ち佛の形を現じて為に法を説く。是の如く種種に度すべき所の者に随って為に形を現ず。乃至滅度を以て得度すべき者には滅度を示現す。
 観世音菩薩普門品第二十五 種種の諸の悪趣 地獄、鬼、畜生、生、老、病、死の苦 以て漸く悉く滅せしむ
 陀羅尼品第二十六 諸の衰患を離れ衆の毒薬を消せしむべし。
 普賢菩薩勧発品第二十八 是の人は心意質直にして、正憶念あり、福徳力あらん。是の人は三毒に悩まされじ。亦嫉妬、我慢、邪慢、増上慢に悩まされじ。是の人は少欲知足にして能く普賢の行を修せん。



十界:地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上、声聞、縁覚、菩薩、仏
三世間:衆生、国土、五蘊
唯識(眼、耳、鼻、舌、身、意、未那識、阿頼耶識、心王)
八正道(見、思惟、語、業、命、精進、念、定)
六波羅蜜(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧)
無財七施(顔、和顔悦色、言辞、身、心、床座、房舎)
五欲(@眼、耳、鼻、舌、身の五官の貧り。A財欲、色欲、飲食欲、名誉欲、睡眠欲)


御遺文「いのち」関係

命の大切
崇峻天皇御書 建治三年 五十六才 1390
人身は受けがたし爪の上のつち、人身は持つがたし草の上の露、百二十まで持ちて名をくたして死せんよりは生きて一日なりとも名を上げん事こそ大切なれ、中務三郎左衛門尉は主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけりと鎌倉の人々の口にうたはれ給へ、穴賢穴賢、蔵の財より身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし。
可延定業御書 弘安二年 五十八才
命と申す物は一身第一の珍宝なり。一日なりともこれをのぶるならば千万両の金にもすぐれたり。−−閻浮第一の太子なれども短命なれば草よりもかろし、日輪のごとくなる智者なれども夭死あれば生犬に劣る、早く心ざしの財をかさねていそぎいそぎ御対治あるべし

業因
守護国家論 正元元年 三十八才 89
世間の安穏を祈るとも而も国に三災起こらば悪法流布する故なりと可し
唱法華題目抄 文応元年五月 三十九才 184
謗法の衆生国中に充満してーー人の五根には鬼神入って精気を奪ふ是を疫病と名く
立正安国論 文応元年五月 三十九才 209
大集経に云く「仏法実に隠没せば、−−衆生及び寿命、色力、威楽滅じ、人天の楽を遠離し、皆悉く悪道に墜せんーー」
薬師経に云く「若し刹帝利、灌頂王等の災難起こらん時、所謂、人衆疾疫の難、他国侵逼の難、自界反逆の難、星宿変怪の難、日月薄蝕の難、非時風雨の難、過時不雨の難あらん」
大集経に云く「若し国王有って、無量世に於いて施、戒、慧を修すとも、我が法の滅せんを見て、捨てて擁護せずんば、−−当に三の不祥の事あるべし。一には穀貴、二には兵革、三には疫病なり。−−其の王久からずして、当に重病に遇い、寿終の後、大地獄の中に生ずべし。−−」
仁王経に云く「人、仏教を壊らば、復孝子なく、六親不和にして、天神も祐けず、疾疫、悪鬼、日に来って侵害し、−−」
開目抄上 文永九年 五十一才 535
仏法の鏡は過去の業因を現ず。般泥 経に云く「善男子、過去に曾て無量の諸罪種々の悪業を作るに、是の諸の罪報は、或は軽易せられ、或は形状醜陋、衣服足らず、飲食麁疎、財を求むるに利あらず、貧賎の家、邪見の家に生れ、或は王難に遭い、及び余の種々の人間の苦報あらん、現世に軽く受くるは斯れ護法の功徳に由るが故なり。」


松野殿御返事 建治二年 五十五才 1277
「先に悪因を列ね次ぎに悪果を列ぬ悪の因に十四あり、一に驕慢二に懈怠三に計我四に浅識五に著欲六に不解七に不信八に顰蹙九に疑惑十に誹謗十一に軽善十二に憎善十三に嫉善十四に恨善なり」此の十四誹謗は在家出家に亘るべし恐る可し怒る可し



曾谷殿御返事 弘安二年八月 五十八才 1654
壊劫の時は大の三災をこる、いはゆる火災、水災、風災なり、また滅劫の時は小の三災をこる、ゆはゆる飢渇、疫病、合戦なり、飢渇は大貧よりをこり、疫病は愚痴よりをこり、合戦は瞋恚よりをこる
仏教心理


一念三千理事 正嘉二年 三十七才 75
男は父に瞋を成して母に愛を起す、女は母に瞋を成して父に愛を起すなり、倶舎の第九に見えたり
信仰を医療にたとえる


唱法華題目抄 文応元年五月 三十九才 184
母の子に病あると知れども当時の苦を悲しんで灸を加へざるが如しーー父は慈の故に子に病あるを見て当時の苦をかへりみず後を思う故に灸を加ふるが如し


聖愚問答抄 文永二年 四十四才 350
嬰児に乳をふくむるに其の味をしらずといへども自然に其の身を生長す、医師が病者に薬を与うるに病者、薬の根源をしらずといへども服せれば任運と病癒ゆ、若し薬の源をしらずといって医師の与ふり薬を服せずば其の病癒ゆべしや薬を知るも知らざるも服せれば病の癒ゆる事以て是れ同じ、既に仏を良医と号し法を良薬に譬へ衆生を病人に譬ふされば如来一代の教法を擣篩和合して妙法一粒の良薬に丸ぜり豈に知るも知らざるも服せん者、病癒えざるべしや病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども服すれば必ず癒ゆ、行者も自然なり法理をもしらず煩悩をもしらずといえども只信ずれば見思、塵沙、無明も三惑の病を同時に断じて実報寂光の台にのぼり本有三身の膚を磨かん事疑いあるべからず


開目抄上 文永九年 五十一才 535
夫れ小児に灸治を加うれば必ず母をあだむ。重病のものに良薬をあたうれば定んで口に苦しとうれう。


妙法曼荼羅供養事 文永十年 五十二才 698
病によりて薬あり軽病には凡薬をほどこし重病には仙薬をあたうべし、


曽谷入道殿許御書 文永十二年 五十四才 895
夫れ以れば重病を療治するには良薬を構索し逆謗を救助するには要法には如かず


撰時抄 建治元年 五十四才 1003
良医薬を病人にあたう、病人嫌いて服せずして死せば良医の失となるか。
例せば病の所起を知らぬ人の病人を治すれば人必ず死す。此の災いの根源を知らぬ人々がいのりをなさば、国まさに亡びん事疑いなきか。


異体同心事 建治元年 五十四才
譬ば灸治をしてやまひをいやし針治にて人をなをすがごとし、当時はなげくとも後は悦びなり


聖人御難事 弘安二年十月 五十八才 1671
我等現には此の大難に値うとも後生は仏になりなん、設えば灸治のごとし当時はいたけれども後の薬なればいたくていたからず


諌暁八幡抄 弘安三年十二月 五十九才 1831
譬ば乳に水を入れ薬に毒を加えるがごとし
譬ば旧医の薬に毒を雑えてさしをけるを旧医の弟子等或は盗み取り或は自然に取りて人の病を治せんが如し、いかでか安穏なるべき
仏法による治療


高橋入道殿御返事 建治元年 五十四才 1083
法華経は閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ、閻浮の内の人は病の身なり法華経の薬あり、三事すでに相応しぬ一身いかでかたすからざるべき、但し御疑のわたり候はんを力をよばず、南無妙法蓮華経


四条金吾殿御返事 建治二年 五十五才 1181
苦をば苦とさとり薬を薬とひらき苦楽共に思い合わせて南無妙法蓮華経とうちとなえゐさせ給え、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強情の信力をいたし給え


妙心尼殿御返事 弘安元年 五十七才
入道殿の御所労の事、唐土に黄帝、扁鵲と申せしくすしあり、天竺に持水、耆姿と申せしくすしあり、これらはその世のたから末代のくすしの師なり、仏と申せし人は此れにはにるべくもいみじなきくすしなり、この仏、不死の薬をとかせ給へり、今の妙法連華経の五字是なり、しかも此の五字を閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ。
心の病


中務左衛門尉殿御返事 弘安元年 五十七才 1523
夫れ人に二病あり、一には身の病所謂地大百一、水大百一、火大百一、風大百一、已上四百四病、此の病は治水、流水耆鵲等の方薬をもって此れを治す、二には心の病所謂三毒、乃至八万四千の病なり、仏にあらざれば二天三仙も治し難し何に況んや神農黄帝の力及ぶべしや、又心の病に重重の浅深分かれたり六道の凡夫の三毒、八万四千の心の病をば小乗の三蔵、倶舎、成実、律宗の仏此れを治す大乗の華厳、般若、大日経等の経経をそしりて起る三毒八万の病をば小乗をもって此れを治すればかへりては増長すれども平癒全くなし、大乗をもって此れを治すべし、又諸大乗経の行者の法華経を背きて起る三毒八万のやまいをば華厳、般若、大日経、真言三論等をもって此れを治すればいよいよ増長す、譬ば木石等より出でたる火は水をもって消しやすし、水より起る火は水をかくればいよいよ熾盛に炎上りて高くあがる、今の日本国の去年今年の疫病は四百四病にあらざれば華佗扁鵲が治も及ばず小乗権大乗の八万四千の病にもあらざれば諸宗の人々のいのりも叶はずかへりて増長するか、設ひ今年はとどまるとも年年に止がたからむか、いかにも最後に大事出来して後定まる事も候はんずらむ、法華経に云く「若し医道を修して方に順って病を治せば更に生じ乃至是くの如き瘡を増し或は復死を到さん而も復増劇せん」涅槃経に云く「爾の説きに王舎大城の阿闍世王偏体に瘡を生じ乃至是くの如き瘡は心に従りて生ず、四大より起る非ず、若し衆生能く治する者有りと言はば是の処有る事無けん」云々、妙楽云く「智人は起を知り、蛇は水から蛇を識る」云々、此の疫病は阿闍世王の瘡の如し彼の仏に非ずんば治し難し此の法華に非ずんば除き難し


可延定業御書 弘安二年 五十八才
夫れ病に二あり一には軽病二には重病、重病すら善医に値うて急に対治すれば命猶存す何に況んや軽病をや、業に二あり一には定業二には不定業、定業すらよくよく懺悔すれば必ず消滅す何況んや不定業をや、法華経第七に云く「此の経は則為閻浮提の人の病の良薬なり」等云々